水疱瘡は、一度かかると、基本的には二度とかからない病気です。しかし、実は、水疱瘡の原因である「水痘・帯状疱疹ウイルス」は、水疱瘡が治った後も、体内から完全に消え去るわけではありません。ウイルスは、私たちの体の、脊髄から出る神経の根元にある「神経節」という場所に、静かに、そして生涯にわたって潜伏し続けるのです。そして、数十年後、私たちが加齢や、疲労、ストレス、あるいは他の病気などで、免疫力が低下した時に、この眠っていたウイルスが、再び目を覚まし、活性化することがあります。潜んでいた神経節から、一本の神経を伝って、皮膚へと移動し、そこで再び増殖を始めるのです。この、ウイルスの「再活性化」によって引き起こされる病気こそが、「帯状疱疹(たいじょうほうしん)」なのです。つまり、水疱瘡と帯状疱疹は、原因となるウイルスは全く同じでありながら、それが「初感染」として現れたのが水疱瘡、「再活性化」として現れたのが帯状疱疹、という関係にあるのです。したがって、過去に水疱瘡にかかったことがある人だけが、帯状疱疹になる可能性を持っています。帯状疱疹の症状は、水疱瘡とは大きく異なります。まず、体の左右どちらか片側の、一本の神経が支配する領域(皮膚分節)に沿って、帯状に、ピリピリ、チクチクとした神経痛のような痛みが現れることから始まります。そして、その数日後、痛みがあった部分に、赤い発疹と、それに続く小さな水ぶくれが、帯状に多数出現します。この水ぶくれは、水疱瘡の時と同様に、強い痛みを伴います。水疱瘡の発疹が全身にバラバラに出現するのに対し、帯状疱疹の発疹は、神経の走行に沿って、体の片側にしか出ないのが、最大の違いです。そして、帯状疱疹で最もつらいのが、皮膚症状が治った後も、数ヶ月から数年にわたって、頑固な神経痛が残ってしまう「帯状疱疹後神経痛(PHN)」という後遺症です。近年では、50歳以上を対象に、この帯状疱疹の発症を予防するためのワクチンも開発されています。これも、水疱瘡と同じウイルスに対する免疫を、再度強化することを目的としたものです。水疱瘡という一度の感染が、数十年後の病気に繋がる。このウイルスのしたたかな生存戦略を知ると、人体の神秘と、感染症の奥深さを感じずにはいられません。