全ての始まりは、些細な喉の違和感と、体の気だるさでした。最初は、夏風邪でもひいたのだろうと、軽く考えていました。しかし、その夜、私の体は、まるで未知のウイルスに乗っ取られたかのように、急速に異常をきたし始めたのです。体温は三十九度を超え、全身の関節が、まるで錆びついた機械のようにギシギシと痛み、悪寒で歯の根が合わないほど震えが止まりませんでした。そして、翌朝、鏡を見て私は愕然としました。手のひらと、足の裏に、無数の赤い発疹が、まるで地図のように広がっていたのです。それは、ただの発疹ではありませんでした。一つ一つが、水ぶくれとなり、触れると、焼けた鉄板に押し付けられたかのような、鋭い痛みが走りました。歩くたびに、足の裏の無数の水疱が潰れるような激痛が走り、トイレに行くことさえ、一大決心が必要でした。しかし、本当の地獄は、口の中にありました。舌も、頬の内側も、喉の奥も、おびただしい数の口内炎で埋め尽くされ、口の中は、まるでガラスの破片を詰め込まれたかのように、常に激痛に苛まれていました。水を飲むことさえ、涙が出るほどの苦痛。食事など、もってのほかです。空腹と喉の渇き、そして全身の痛みと発熱。私は、数日間、ただベッドの上で、痛みに耐えながら、ひたすら時間が過ぎるのを待つことしかできませんでした。病院で「大人の手足口病ですね。特効薬はありません」と告げられた時の、あの絶望感。子供がかかる、ただの夏風邪。そんな生易しいものでは、断じてありませんでした。それは、日常生活の全てを奪い去り、人間としての尊厳さえも脅かす、まさに「地獄」と呼ぶにふさわしい、壮絶な体験でした。症状がピークを越え、ようやくゼリーが少しだけ食べられるようになった時の、あの感動。そして、数週間後、ボロボロになった手足の皮が、まるで脱皮するかのように剥けてきた時の、体が再生していくことへの、不思議な感慨。あの一週間の記憶は、私の心と体に、今もなお、鮮明な傷跡として残り続けています。