内科医の立場から申し上げますと、近年、大人が手足口病を発症してクリニックを訪れるケースが目に見えて増えています。多くの大人は「子供の病気だから自分には関係ない」あるいは「かかっても大したことはない」と誤解されていますが、その認識は非常に危険です。大人の手足口病は、単なる皮膚疾患や喉の痛みにとどまらず、稀に中枢神経系への影響を及ぼすことがあります。激しい頭痛や嘔吐を伴う髄膜炎、さらには脳炎や小脳失調症といった、生命に関わる、あるいは深刻な後遺症を残す合併症を引き起こす可能性がゼロではありません。特に、高熱が数日続いた後に意識が朦朧としたり、歩行がふらついたりする場合は、直ちに専門医の受診が必要です。また、心筋炎などの循環器系の異常を来すことも報告されており、大人の身体にとってこのウイルスは決して侮れない外敵です。治療において最も困難なのは、手足口病には特効薬が存在しないという点です。抗生物質は細菌には効きますが、ウイルスには無力です。基本的には解熱鎮痛剤で症状を和らげながら、自分の免疫力がウイルスを駆逐するのを待つしかありません。この「耐える期間」を安全に過ごすためには、家庭内での二次感染を防ぐことが最優先事項です。ウイルスは飛沫だけでなく、便からも排出されます。オムツ替えの後はもちろんのこと、大人が発症した際もトイレの後の手洗いを徹底し、タオルの共有は絶対に避けてください。ウイルスは症状が消えた後も数週間にわたって便から排出され続けるため、治ったと思って油断した頃に他の家族へ広がるケースが後を絶ちません。食事の面では、喉の痛みが激しいため、刺激物は避け、人肌程度の温度のスープやゼリー、お粥などを中心に摂取し、脱水を防ぐことが肝要です。もし、周囲で手足口病が流行しているなら、大人は「自分も感染源になり得る」という自覚を持ち、日頃からの体調管理と徹底した衛生習慣を心がけてください。特に、疲労やストレスが溜まっている時期は免疫力が低下しており、感染した際の症状も重くなりがちです。たかが夏風邪と侮らず、万が一発症した場合は、早めに医療機関に相談し、自身の身体に起きている変化を客観的に見守る姿勢が、重症化や合併症を防ぐための唯一の道となります。